目次
転倒や骨折を予防する食べ物や食習慣といえば何を思いつきますか?体をつくるタンパク質を多く含む肉・魚を食べれば体は強くなりそうです。骨の材料となるカルシウムを多くとれば骨も強くなり、骨折の治りもよくなりそうですね。そういった転倒と骨折に対してみなさんが何となくイメージしていることは、実際に研究でも明らかになってきています。この記事では、栄養状態や食事がどのように転倒・骨折と関係しているのか、論文を交えながら解説します。
栄養状態を確認する意義
栄養状態は様々な予後と関わるために、確認することが重要なのは多くの人が感じていることでしょう。当たり前ですが、栄養状態に大きく影響するのは食事です。食事について考察するということは栄養状態を推察できるだけでなく、日常生活動作レベルや家族などの存在、時にはその人の思考・人生観を考えるということでもあります。
低栄養とは
実際の現場でしばしば問題になるのが低栄養です。低栄養とは飢餓、疾病、加齢などで生じる「健康を維持するために個人が必要とするエネルギーや栄養素の摂取が不十分な状態」と定義されます[1]。必要に対して不十分な状態ですので、摂取が少なくなった状態だけでなく、がんや炎症などで必要量が相対的に増加して不十分となった状態も当てはまります。
2024年時点では低栄養について、GLIM基準を用いて評価することが望ましいです。GLIM基準では表現型(意図しない体重減少、低BMI、筋肉量減少)と病因基準(食事摂取量減少/消化吸収不良、疾病負荷/炎症)をもって診断されます。
2022年に行われた国民健康・栄養調査によると、65歳以上の高齢者で低栄養傾向(BMI20以下)の割合は男性12.9%、女性22.0%で、85歳以上では男性27.1%、女性25.6%とさらに増加します[2]。日本の介護医療院でGLIM基準を用いた研究では、軽度の低栄養は29%、重度の低栄養は18%でした[3]。医療や介護の現場で高齢者に接する際には、低栄養であると思っておいてもよいくらいの人数ですね。
低栄養の何がいけないのか?
最近では低栄養、リハビリテーション栄養などの栄養に関する話題を耳にすると思います。低栄養が注目されている理由は「低栄養が様々な病態・疾患の予後に関わり、かつ介入により低栄養状態からの改善が見込める」からです。
転倒や骨折に関する予後は後述しますが、低栄養と病態・疾患の予後については救急、集中治療、急性期、回復期と多くの場面で、心不全、慢性腎臓病、肝臓病、外科手術などの多くの領域での知見があります。また、GLIM基準の中の「筋肉量減少」には、人種によって検討されたサルコペニアの基準値が用いられます。つまり、低栄養とサルコペニアはオーバーラップすることが多いとも言えます。
サルコペニアに関してはこちらの記事もご覧ください。
低栄養状態は改善が見込めるというのも注目すべき要素です。高血圧や糖尿病などの慢性疾患は薬でコントロールしやすいですが、体の状態も含め元の状態に戻すのはやはり難しいです。ただし、低栄養の改善には時間がかかりますし、病態によっては配慮が必要な場合もあります。疾病(時には未知の)、生活習慣や嗜好など、「そもそも何故この人は低栄養になったのか」を考えるのが改善への第一歩ですので、気になる人がいた場合には医師もしくは管理栄養士などの専門家の診察・助言を受けるのがよいでしょう。
栄養状態と転倒リスク
低栄養の人が転倒しやすいというのは、そういった論文を読んだことがなくても何となくイメージがつくでしょう。では、どの程度栄養と転倒、骨折は関連しているのでしょうか?
低栄養だと転倒しやすい
地域在住の高齢者において、栄養状態と転倒のリスクの関連性を評価したシステマティックレビュー・メタアナリシスがあります[4]。この研究では、栄養不良もしくは栄養不良のリスクがある人は、栄耀状態が良好な人と比較して少なくとも1回転倒するリスクが45%高かったと報告しています。BMIと転倒リスクの関係も論じており、複数回の転倒とBMIの間にはU字カーブの関係があった(BMIが高くても低くても転倒を繰り返すリスクが高くなる)のは興味深いです。
入院患者の転倒について5年間の観察研究では、低栄養がある患者はそうでない患者と比較して7.94倍も転倒しやすいことを示しました[5]。この研究では年齢やBMIに関わらず転倒リスクが増加することを指摘しています。
低栄養だと骨折しやすい
骨折の最大のリスクの一つが骨粗鬆症です。骨粗鬆症では大腿骨頚部もしくは腰椎での骨密度をもとに診断され、いずれかで骨粗鬆症と判断されるものは日本全体で1280万人(男性300万人、女性980万人)とも推計されています[6]。
低栄養と骨粗鬆症はリスク因子が共通するため、低栄養があると骨粗鬆症になりやすいと言えます。例えば、GLIM基準において低BMIや筋肉量の減少がありますが、体重が軽い人や筋肉量が少ない人ほど骨粗鬆症になりやすくなります[6]。また、食事による摂取が少ないと、カルシウムやビタミンDといった骨代謝に関係する栄養素も当然少なくなりますので骨粗鬆症にもなりやすくなります。
また、骨粗鬆症がある患者だけでみると、低栄養があると死亡率が増加することがわかっています。アメリカで5年間をかけて行われたコホート研究では7700人と骨粗鬆症患者の追跡が行われました[7]。結果は軽度の低栄養では死亡するリスクが1.52倍、中等度から重度の低栄養では2.70倍となりました。このリスクを減らすには運動療法と薬物療法、早期の栄養介入が重要であると論じています。
低栄養だと転倒後骨折の予後が悪い
低栄養で困るのは転倒しやすい、骨折しやすいだけではありません。低栄養があると骨折の転機が悪くなる可能性が示唆されています。
252人(男性69人、女性183人)の大腿骨近位部骨折患者の転機に関する前向き研究がドイツで行われました[8]。この研究では栄養スクリーニングにNRS2002[Nutritional Risk Screening]を用いています。NRSに該当した場合、院内死亡リスクが2.17倍、120日後の死亡率が1.68倍なりました。また、日常生活に介助が必要になるリスクも1.59倍となってしまいます。低栄養があると骨折後の死亡率があがり、日常生活動作レベルも落ちやすくなるということです。
転倒後の生命予後についてはこちらの記事もご覧ください。
転倒と栄養素
ビタミンD・カルシウム
ビタミンDは骨の成長や再生、カルシウム・リンの吸収、血中カルシウムの調整、筋肉の神経伝達などの作用があります。カルシウムは骨の材料となるのはもちろん、血圧の調整、神経・神経の伝達にもビタミンDと同様に働きます。
双方ともに骨と大きく関わる栄養素なので、転倒との関連も論じられています。これまでビタミンDの転倒に対する介入効果は効果があるとするものと、ないとするものと双方がありました。
2021年に発表されたメタアナリシスでは、全体でみるとビタミンD単独の補給では転倒リスクを減少できず、カルシウムと併用で転倒リスクを12%下げたと報告しました[9]。この研究では血清25(OH)D(ビタミンDの血中濃度を知る指標の一つ)が低いグループでは、ビタミンD単独でも転倒リスクを下げることをまとめています。
タンパク質
タンパク質が筋肉などを作る重要な要素であることは言うまでもありません。「筋肉を作る材料となるのだから、多く摂れば強い体を作ることとなり、転倒を防げるのではないか?」という臨床的な疑問はもっともと言えます。
これに関してもすでにメタアナリシスが発表されており、タンパク質の摂取量と転倒の間に直接的な関連は認められませんでした[10]。しかし、タンパク質の摂取はサルコペニアや骨粗鬆症のリスクを下げる可能性があるため[11,12]、摂取する価値はあると言えるでしょう。
食生活パターンと転倒リスク
最後に食事のパターンや食品と転倒リスクの関係を見てみましょう。
地中海食
地中海食とはイタリアやギリシャなどの地中海沿岸の国で食べられる食事パターンであり、健康によい食事ということで聞いたことがある人も多いでしょう。オリーブオイルや魚、野菜や果物を多くとり、牛肉や豚肉、砂糖を使用したデザートを減らすというのが地中海食の特徴です。
地中海食と転倒について2071人を追跡した前向き研究では、地中海食らしさを示すスコアが高いほど転倒のリスクを減らすことを報告しました[13]。食品としては1日2食以上の野菜をとると37%もリスクが減るとのことでした。果物、肉、バター、ワイン、魚、ナッツも少しではありますが、転倒リスクを減らすようです。
なお、地中海食は、DASH食とよく似た構成になっています。DASHとはDietary Approach to Stop Hypertensionの略で、直訳すると「高血圧を止める食事療法」という高血圧に特化した食事パターンのことです。地中海食やDASH食では食生活の改善により、転倒を予防しながら血圧も下げられる可能性があります。
日本食パターン
伝統的な日本食のパターンも転倒リスクを下げる可能性があります。ここでいう日本食パターンとは、うどんや寿司などを含む和食文化ではなく、主食・主菜・副菜・汁物より構成される一汁三菜のような食事パターンをさします。
75歳以上の高齢者を対象とした研究では、より日本食らしい食事をする人たちは転倒リスクを28%下げることがわかりました[14]。この研究では、地中海食らしさの評価を日本に適合したスコアリングシステムを用いています。食品としては魚、卵、ジャガイモの摂取量が転倒リスクと有意に相関していました。
日本食パターンというと塩分を気にする人もいるかもしれません。国立がんセンターより発表された研究では、日本食パターンの点数(ごはん、みそ汁、海草、漬物、緑黄色野菜、魚介類、緑茶が多い場合、牛肉・豚肉が少ない場合をそれぞれ1点とする)が高いグループでは、全死亡、循環器疾患死亡、心疾患死亡のリスクが低いとのことでした[15]。地中海食と同様に転倒リスクを下げながら、更に心疾患の死亡リスクを下げられるというのは素晴らしいですね。
結局、どのような食事がいいの?
ここまでで、転倒や骨折と低栄養、栄養素、食生活パターンについて解説してきました。しかし、結局何がいいのかはわかりにくく、どのように生活にいかしていけばいいか混乱する人もいるでしょう。
食事を含む生活習慣の改善には現実的にできるかどうか、継続できるかどうかが重要だと考えます。よって、基礎疾患の少ない方にとっては日本食パターンを目指すのが比較的容易と考えられます。いきなり3食日本食パターンに変えられるのが理想ですが、例えば主食が魚の回数を週1回以上増やす、野菜を一品追加するなど少しの変化から始めるのもよいでしょう。
高齢者の中には高血圧やCOPD、慢性腎臓病など、栄養管理に注意が必要な方もいますし、そもそも食欲がそこまでない人も多いです。医師や管理栄養士など、栄養と医療に知見を持った人のアドバイスをもらうとよいでしょう。栄養補助食品も低栄養状態の改善に有効です。
また、転倒や骨折を予防するには、栄養状態の改善だけでなく運動や環境調整も合わせて行うのが良いです。運動の種類や強度も専門家が近くにいれば聞いてみることをおすすめします。
まとめ
転倒や骨折は、体力・筋力、環境、認知機能など、様々な要因が複雑に絡み合って起こる問題です。この記事では、その中でも食事や栄養状態が転倒・骨折に与える影響について焦点を当てて解説しました。栄養状態や食習慣の改善は、転倒のリスクを減らすだけでなく、心血管疾患など他の疾患の予防や予後の改善にもつながることが期待されます。
しかし、「これさえやれば大丈夫」という万能な予防策はありません。食事もその一つです。バランスの取れた食事を心掛けることは大切ですが、同時に、運動や生活習慣の改善、定期的な受診・身体状況の把握なども重要ですので、自分にできることを組み合わせてやっていきましょう。
[参考文献]
[1]Maleta K. Malawi Med J. 2006 Dec;18(4):189-205.
[2]令和4年国民健康・栄養調査結果の概要
[3]Kokura Y, et al. Nutrients. 2022 Sep 4;14(17):3656.
[4]Trevisan C, et al. J Am Med Dir Assoc. 2019 May;20(5):569-582.e7.
[5]Lackoff AS, et al. J Clin Nurs. 2020 Feb;29(3-4):429-436.
[6]骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版
[7]Shangguan X, et al. Front Nutr. 2022 May 11;9:868166.
[8]Millrose M,et al. J Pers Med. 2023 Jan 3;13(1):109.
[9]Ling Y, et al. Clin Nutr. 2021 Nov;40(11):5531-5537.
[10]Larocque SC, et al. J Nutr Gerontol Geriatr. 2015;34(3):305-18.
[11]Paddon-Jones D, et al. Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 2009 Jan;12(1):86-90.
[12]Kędzia G, et al. Nutrients. 2023 Oct 28;15(21):4581.
[13]Ballesteros JM,et al. Clin Nutr. 2020 Jan;39(1):276-281.
[14]Park JW, et al. Nutrients. 2022 Nov 4;14(21):4663.
[15]Matsuyama S, et al. Eur J Nutr. 2021 Apr;60(3):1327-1336.