2023年11月、認知症男性患者が院内転倒により重症を負ったのは、看護師が転倒を防ぐ対応を怠ったためだとして、男性患者の家族が損害賠償を求めていた裁判の判決が出ました。神戸地裁が出した判決は「転倒する恐れが高いことは予見できた」として、病院側に約532万円の支払いを命じるものでした。
この判決は、医療・介護業界に大きな衝撃を与えます。SNSでは、「医療現場のリアルをわかっていない」、「認知症患者は寝たきりにさせろということか」など、多くの批判の声が上がっていました。
私も長年、病院に勤務していたのでこの判決に対するSNSの反応は理解できる内容もあります。病院・施設では看護師をはじめ、多くの職員が院内転倒対策に真摯に取り組んでいます。今回は、この訴訟案件から院内転倒に対する医療現場の取り組みと課題を見ていきたいと思います。
状況の整理
まずは、裁判のきっかけとなった患者の院内転倒の状況を整理します。
2016年4月2日の午前5時、入院中の男性(当時87歳)が、「トイレに行く」と言ったため、看護師の付き添いでトイレに行きます。男性がトイレに座ったことを確認したところで、対応に当たっていた看護師が別の患者にナースコールで呼ばれたためその場を離れます。その間にトイレで排泄を済ませた男性は立ち上がり、1人で廊下を歩いて病室に戻ろうとしたところ、仰向けに転倒し、外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折を受傷してしまいます。手足が自由に動かなくなるほど重度の障害を負った男性は、2年後に心不全で死亡しました。
患者側の状況
転倒した男性は、“転倒による骨折で入院中”であり、“前頭側頭型認知症”の診断を受けている方でした。まず、入院したきっかけから、男性に転倒歴があることがわかります。転倒歴は転倒リスクの最も大きい因子であり、転倒歴のない人と比べ、そのリスクは2倍以上になると言われています。
さらに前頭側頭型認知症では、物事の理解が不十分なまま突発的な行動をとることが多く、感情的な言動になりやすい特徴があります。そのため、病院では男性に対してベッドから起き上がるとナースコールが作動するセンサーと身体拘束で対応していたようです。
今回も、センサーが男性の動きをキャッチして看護師が向かったところ「トイレに行く」と言われています。つまり、男性自身は転倒リスクに対する認識はなかったということです。確かに、男性の状況だけを考えると、トイレに1人で居させてしまうと勝手に動いて転倒する可能性があることは容易に想像できます。
病院側の状況
次に病院側の状況を振り返ります。まず、転倒が発生したのは午前5時であり、いわゆる“夜勤帯”です。この時間帯は、病棟では看護師3名体制で業務に当たっていました。そのうちの1名は休憩中、もう1名は別の患者の対応中であったようです。転倒した男性がトイレに座った時にナースコールを押した患者は、排便のためオムツ交換をお願いしましたが、この患者は皮膚からの感染に十分気をつけなければならない状態であったため、早急な対応が必要でした。そのため男性に付き添っていた看護師がトイレを離れてそちらへ向かったのだと思います。
つまり、対応を急ぐ状況で、動ける看護師がいなかったため、男性に付き添っていた看護師が対応せざるを得なかったということが見えてきます。
医療現場の転倒対策の課題
では、今回の病院ではどのような対応をすれば良かったのでしょうか?
夜勤帯はどの病院や施設でも勤務者が少なく、今回のように複数箇所で同時に呼ばれた際に対応しきれず、優先順位をつけなければならない状況となります。夜勤の勤務者を増やすことはスタッフ数や人件費を考慮すると現実的ではありません。
また、入院患者に拘束やオムツを強いることも、人権や尊厳を考えると簡単なことではありません。安全性と尊厳の狭間で揺れ動きながら、病院・施設では多くの職員が転倒対策に知恵を出し合っています。例えば、両足の怪我で足が着けない方でもトイレで排泄したいと言う場合にはどうやって乗り移りができるか、認知症で自身の転倒リスクが理解できない方では1人で勝手に動き出した時にどこに支えがあれば安全か、などです。それでも転倒・骨折は起こってしまうのです。
おわりに
発想の転換から、もし転倒しても骨折などの外傷を負わずに済めばどうでしょうか?生命の危険、痛みや後遺症による苦痛、手術などの治療における費用など、身体的、精神的、経済的な負担は一気に和らぎます。転倒の当事者・その家族だけでなく、日々対応にあたる現場のスタッフや経営者にとっても、防ぐべきは“転倒による骨折”だと思います。弊社の『ころやわ』も、そんな想いを具現化した製品の一つです。
今回の取り上げた訴訟案件で、改めて院内転倒を骨折に直結させないことが重要かを再確認いたしました。最後までお読みいただきありがとうございました。