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《Column vol.22》転倒や骨折をした高齢者の生命予後は?<現役医師が解説>

《Column vol.22》転倒や骨折をした高齢者の生命予後は?<現役医師が解説>

高齢者における転倒・骨折は、介護が必要になる原因として知っている人も多いでしょう。転倒・骨折は歩行がまたできるようになるか、介助が必要になるかなどの機能的な予後だけでなく、生きるか死ぬかという生命予後とも関連があります。中には予防や介入できるかもしれない要因もあり、急性期から起こりうる事象を知っておくことは重要です。この記事では、転倒・骨折と生命予後について解説します。

なぜ、転倒・骨折が生命に関わるのか?

日本において高齢化は進む一方です。高齢化に伴い高齢者の転倒・骨折の数も増加傾向にあり、65歳以上の人のうち3人に1人は1年間に1回以上転倒すると言われています。

転倒・骨折した高齢者が入院するとき、医師からは骨折に関する情報(診断、治療、方針、転帰)だけでなく、せん妄、肺炎、褥瘡、深部静脈血栓症、心不全など、骨折とは一見関係のない合併症のことも説明することがあります。時には「もしかしたら生命に関わることもある」と説明されることもあるでしょう。

高齢者はもともと心身機能が低下していたり、併存疾患も多くあったりする場合が多いです。いくら入院の契機が転倒・骨折であっても、それらのせいで望ましくない結果になることもあるのです。

また、リハビリテーションの経過が悪かったり、うまく回復したとしても転倒恐怖感があったりなどで日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)が低下することも生命予後を悪くします。

このような理由で、転倒・骨折でも体や動作だけに注目するのではなく、その先の生命予後に目を向けることが重要なのです。

大腿骨近位部骨折した人の生命予後は?

大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)[1]では、大腿骨近位部骨折の30日死亡率は2.9-10.8%、1年死亡率は2.6-33%とまとめています。思ったより高いと感じた人もいるのではないでしょうか。

大腿骨近位部骨折に対してガイドラインでは手術療法を推奨しており、実際に手術は広く行われています。この高い死亡率を聞くと「手術の合併症では?」と思うかも知れません。確かに手術に伴う合併症は推定しやすいですが、実は骨折後は長期に渡って死亡率に影響するとされています。

スウェーデンでの研究[2] では、脆弱性骨折と長期的な死亡リスクが推定されました。この研究では、受傷時年齢が若い方が、骨折による死亡リスクへの影響が大きいと述べています。大腿骨近位部骨折における5年後の相対死亡リスクは、受傷時年齢が60歳の場合は男性5.8倍、女性5.4倍、80歳の場合は男性2.2倍、女性1.6倍とのことです。ちなみに、この研究では脊椎の骨折についても同様の傾向を述べています。

[2]ohnell O, et al. Mortality after osteoporotic fractures. Osteoporos Int. 2004 Jan;15(1):38-42. 

保存的加療での検討

超高齢者が骨折した場合、併存症により手術を行えない場合や、手術に伴う合併症により周術期に亡くなってしまう場合もあります。よって、中には手術を実施せずに保存的に加療を行うこともあります。

オランダから報告された施設入居高齢者を対象とした研究[3]では、手術をしなかった場合の30日死亡率は83%と報告されました。平均年齢が88歳と高く、日本と医療システムが異なることを考慮しても高い死亡率で驚かされます。なお、この研究では治療満足度、死の質(quality of dying)は高かったとのことです。

[3]Loggers SAI, et al. Evaluation of Quality of Life After Nonoperative or Operative Management of Proximal Femoral Fractures in Frail Institutionalized Patients: The FRAIL-HIP Study. JAMA Surg. 2022 May 1;157(5):424-434. 

日本に目を向けてみると、鹿児島のいまきいれ総合病院から、超高齢の大腿骨近位部骨折非手術患者の経過が報告されました[4] 。50人のうち累積生存率は、2ヶ月で82%、12ヶ月で70%、24ヶ月で53%でした。手術を希望しなかった群と手術は危険が高いとして見送られた群では差はありませんでした。県立宮崎病院からは、大腿骨近位部骨折の保存的加療16名を追跡すると、約1年で5名がなくなったと報告されました[5]

[4]本木下ら.整形外科と災害外科.58:(1)55-57

[5]井上ら.整形外科と災害外科.61:(4)819-821

手術療法をした調査と比較すると、手術を行わない場合の方が生命予後が短い傾向にあるのが分かります。また、保存的加療を選択した場合は移動能力も低下してしまうので、受傷後の生活についてはよく考える必要があります。

転倒した人の生命予後は?

次はもっと広い視点で考えてみましょう。つまり、骨折したかどうかではなく、転倒すること自体がその後の生命予後にどのような影響を与えるかです。

転倒は骨折や打撲といった身体の外傷だけでなく、恐怖や不安などの心理的な側面にも負の影響を与え、歩くのを躊躇させるようになります。これを転倒後症候群といい、活動量が減ることはまた筋力やバランス能力の低下などの転倒しやすさへと繋がってしまいます。

ノルウェーでの9年間の追跡調査

ノルウェーで無作為に抽出された高齢女性において、転倒が生存率へどのように関わるかを調査した研究があります[6]。この研究では、300人(平均年齢81歳)の女性を9年間追跡しました。

調査開始から1年の間に151人が1回以上転倒し、うち65人は2回以上の転倒があったとのことです。研究対象の300人のうち、9年後には41.7%が死亡していました。転倒回数は独立して死亡率に関連しており、2回以上転倒した場合は転倒しない場合と比較して1.6倍死亡しやすかったとのことです。

[6]Sylliaas, H. et al. Does mortality of the aged increase with the number of falls? Results from a nine-year follow-up study. Eur J Epidemiol 24, 351–355 (2009).

日本人での6000人を対象にした調査

日本でも同様の調査がなされています[7]。この研究では、最初の1年間のうち男性の16.4%、女性の27.8%が1年のうちに転倒し、男性2.1%、女性6.2%が骨折を伴っていました。最初の1年間で転倒の有無と3年後の生存率を検討すると、やはり転倒の有無は独立して生存率へ影響していることがわかりました(ハザード比男性1.96、女性1.43)。

[7]加藤ら.地域在住高齢者の転倒の関連要因と3年後の生存.日本公衛誌.59.305-314

転倒・骨折の予後に影響を与える因子

骨折・転倒した人の中では、どのような人がより生命予後が悪くなるのでしょうか。ガイドライン[1]では、大腿骨頚部骨折・転子部骨折ともに男性、高齢、受傷前の歩行能力が低いことを生命予後に関わる因子としてまとめています。他の因子として頚部骨折においては認知症が、転子部骨折においては骨粗鬆症、不安定型骨折があります。

前述の研究でも、予後に影響する因子を検討しています。ノルウェーでの研究[6]では、転倒の有無の他には年齢と主観的な健康状態(5段階[非常に悪い〜非常に良い])が関わっていました。日本での研究[7]でも男女ともに、主観的健康感は生命予後に有意に関連しており、他には年齢、外出頻度(週3回以上か未満か)が関わっていることが分かりました。

まとめ

この記事では転倒・骨折の生命予後について解説しました。転倒・骨折の数年以内に死亡してしまう高齢者は少なくはありません。もちろん、手術・治療・リハビリを行って元気になることが望ましいですが、結果として死亡もしくは介護が必要になってしまう例もあります。

これらを回避するためには、何よりも転倒の予防が重要です。筋力やバランス能力、薬剤などの内的要因と、床の性状や明るさ、物などの外的要因をうまくコントロールすることが求められます。

転倒・骨折を一時のイベントとしてだけ捉えずに、今後その人はどこで、どのように生きていくのかというACP(Advance Care Planning)の視点でも考えていけるとよいですね。

この記事を監修しました

三田 大介

三田 大介 / 医師・理学療法士

理学療法士として勤務した後、一念発起して医学部を再受験。現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。本コラムでは、一つのトピックをより深く、医師の視点を交えながら執筆します。

X(旧ツイッターアカウント):@sanda_igaku

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