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《Column vol.30》転倒と認知症の関係

《Column vol.30》転倒と認知症の関係

転倒の原因といえば何を思いつきますか?
やはり多くの人が考えるのは「足腰が弱った」などの筋骨格系の問題だと思います。しかし、筋力やバランス以外にも状況や危険を認知・判断して対応することができなくなると人は転倒してしまいます。高齢化が進む日本では認知症患者の数も増大傾向で社会的な問題になっており、認知機能について考察することも転倒を予防する点では重要です。この記事では認知症について学びつつ、転倒と認知症がどのように関係しているのかについて解説します。

認知症とは?

認知症の定義と症状

2025年の日本には471.6万人の認知症患者がおり、2060年には586.6万人まで増えると推計されています[1]。一方で転倒も要介護の原因として割合の高いものであり、認知症と転倒はその後の人生に大きな影響を与えるといっていいでしょう。まずは認知症とはどのような状態なのかを確認します。

認知症の定義はいくつかありますが、厚労省の資料などには「一旦獲得された知的機能が不可逆的に障害されることにより、自立した生活が困難になった状態」と記載されることが多いです。つまり、何らかの障害で知的機能をそもそも獲得していない場合は認知症ではありませんし、日常生活に何一つ不自由がない場合も認知症とは言えません。また、認知症は「状態」であって、「認知症という単一の疾患」があるわけではありません。

「認知機能低下」と一言で済ますことも多いのですが、認知症の症状は病型・病因ごとに微妙に異なります。また、症状の種類や程度についての個人差も大きいです。障害を受ける主なものとしては、注意・遂行機能、記憶、言語、視空間認知、行為、社会的認知などです[2]。単純な「もの忘れ」だけでなく、周囲の状況・刺激に注意を向け、判断し、行動したり、目的を持って計画を立てて物事を実行したりすることが難しくなるのです。

軽度認知症

人は正常な状態からいきなり認知症になるのではなく、経過はグラデーションをとることが多いです。軽度認知障害(Mild cognitive impairment:MCI)という言葉を聞いたことがある方もいるでしょう。MCIとは認知症の一歩手前の段階であり、一つの定義であるPetersenの基準を以下に示します[2,3]。

・認知機能低下の訴えがある(本人、情報提供者から、もしくは医師による確認)
・注意、記憶、認知などの1つ以上の領域の認知機能の障害がある
・日常生活は自立している
・認知症ではない

つまり、「認知症ではないが、正常とも言えない状態」と言えます。2025年の日本では、MCIは564.3万人いると推計されています[1]。MCIのうち年5-15%は認知症に進展しますが、年に16-41%の人は正常に戻ります[4]。

コグニティブフレイル

MCIの「中間の状態」を聞いて、フレイルに似ているなと感じた人もいるでしょう。フレイルは健常と要介護の間の虚弱な状態を指します。MCIもフレイルももとに戻る可能性があるという「可逆性」がある段階で、早期の発見と介入が求められます。MCIとフレイルは互いに影響しあい、両者が合併する状態をコグニティブフレイルと呼びます[5]。

コグニティブフレイルは65歳以上のうち11.2%にみられるという報告があります[6]。この報告では、要介護になるリスクについて、MCI単独では2.09倍、身体的フレイルでは2.40倍、コグニティブフレイルでは3.80倍としています。身体機能と認知機能の両方の低下があると、どちらか単独よりも予後が悪いということがわかります。

認知症の原因

認知症の診断は病歴、身体所見、画像検査、血液検査、髄液検査などに基づいて行われます。代表的な認知症はアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症などです。

この診断の過程で重要なのは、他の疾患や原因を除外することです。薬剤(向精神薬、ステロイド、抗てんかん薬、抗ヒスタミン薬など)は認知機能低下を引き起こすこともありますし、そもそも認知症だと思ったら意識障害だったということもありえます。うつ病やてんかんでも認知症と疑うような症状が出ることもあります。

慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症は治療により改善することも多く、そのような認知症は治療可能な認知症(treatable dementia)とも言われます。

認知症の治療

認知症の治療は原因によって異なり、病態や症状などを考慮して選択されます。認知機能が低下した原因がてんかんや感染症、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫などであれば、治療による改善が期待できます。最近話題になったものでは、MCIや軽度の認知症で用いられるレカネマブがあります。また、現実見当識訓練や回想法、運動療法、音楽療法などの非薬物療法も有効です[7]。

しかし、依然として認知症を劇的に改善させる手段は今のところありません。薬物療法・非薬物療法をベースに、介護・医療サービスを併用したり、福祉用具を用いたりなどでのケアを行って、患者さんの生活を維持していくことが重要です。

転倒と認知症の関係

認知症患者の転倒リスクは?

高齢者全体では3人に1人は1年間に1回以上転倒すると言われていますが、認知症があるとどの程度転倒しやすくなるのでしょうか。

イギリスで行われた研究で、認知症と診断された後の1年間でどれくらいの人が転倒しているかを調査したものがあります[8]。この研究ではなんと、認知症の人はそうでない人と比較して約8倍の転倒率でした。この研究では、パーキンソン病に伴う認知症 > レビー小体型認知症 > 血管性認知症 > アルツハイマー型認知症の順で転倒率が高かったとのことです。

MCIでも転倒リスクが1.72倍になるという報告もあり[9]、認知機能低下があると転倒リスクが高くなることがわかります。

認知症高齢者の転倒に関わる因子

認知機能低下と転倒リスクには共通するリスク因子(脳卒中や脳のネットワークの障害、ビタミンD、脳アミロイド、うつ病など)があると議論されていますが、その機序は明確ではありません。ここでは認知機能・運動機能・薬剤の面から考えてみましょう。

認知機能

認知機能と転倒に関してまとめたシステマティックレビューでは、認知症の重症度と転倒リスクが関係していると述べています[10]。特にMMSEで五角形の模写ができないことと、スコアが17点未満である場合は転倒リスクがさらに高くなるようです。アメリカでの研究では様々な認知機能の評価を行うことで、複数回の転倒は全般的認知、エピソード言語記憶、言語流暢性、処理速度の低下と関連していることを明らかにしました[11]。

「Stops walking when talking」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?訳すると「話すときに歩くのをやめる」であり、話しかけられて歩くのをやめる人は転倒リスクが高いという報告があります[12]。人は歩く際には歩くことだけを考えているわけではありません。何かの目的であったり、考え事であったり、周囲の刺激だったりがある中を歩いており、認知と運動という二重の課題を行っているのです。認知機能低下があると、このような複数の課題に対する能力も落ちるので、やはり転倒のリスクは高くなります。

歩行への影響

認知機能が低下すると、歩行にも影響を与えます[13]。具体的には認知機能低下が重症になるほど歩行スピードが遅くなり、歩幅が狭くなるという変化が起こります。さらに認知機能低下がある認知症高齢者では、左右方向の歩行角度が増大するなど歩行の不安定性も転倒と関連しています。認知機能低下が直接転倒リスクを上げるだけではなく、認知機能低下→歩容の変化→転倒リスク上昇という可能性も十分にあると考えられます。

認知症患者と薬剤

認知症は高齢者に多く起こるものなので、薬剤の影響は無視できません。アメリカでは認知症高齢者において、中枢神経に作用する薬剤の多剤併用が13.9%だったという報告があります[14]。薬剤は疾患の治療・管理において必須ですので、自己判断で中止してはいけません。認知機能低下や転倒のリスクが気になる場合は医師に相談してみましょう。
転倒と薬剤については、こちらの記事にも記載しているのでぜひご覧になってください。
《Column vol.25》転倒と失神・意識障害について解説

認知症と骨折の関係

認知症では転倒しやすいことがわかりました。当然といえば当然ですが、認知症は骨折のリスクも高めます。認知症患者は大腿骨近位部骨折のリスクは1.92倍となります[15]。この報告では認知症があっても上肢の骨折や椎体骨折のリスクは上昇しなかったとのことです。さらに骨折があることは認知症発症のリスク(ハザード比1.28)ともなることが報告されており、認知症と骨折の間には双方向性の関係があることがわかります[16]。

骨粗鬆症と認知症の間にも双方向性の関係があり興味深いです。アルツハイマー型認知症ではアミロイドβなどの様々な要素により骨粗鬆症が多いです[17]。一方で、骨量が少ない人を追跡すると認知症を発症する割合が高いという報告もあります[18]。

認知症患者の転倒を防ぐには?

認知症のある人は認知症の症状自体が多彩なだけでなく、併存疾患や運動機能、生活する環境も人それぞれです。よって、画一的に「これをすれば認知症の人の転倒を防ぐことができる」という方法はありません。

例えば、睡眠薬が出されているのであれば作用の弱いものに切り替えたり、朝は特に注意深く見守ったりなどの対応があります。認知症があると思ったことに対して突発的な行動をしてしまうことがあるので、ニーズに対応できるように安全な動線を組むなどの環境調整も有効でしょう。もちろん、認知機能や運動機能に直接アプローチするのも良いです。いずれにしても、患者や家族の話をよく聞きながら、個々に応じた転倒リスク分析を行い、多職種で介入していくことが重要と言えます[19]。

地域での連携

認知症の有病率は非常に高いので、個人や職場のみでのサポートではどうしても限界があります。早期診断・早期治療から始まり、生活の維持、介護・看取りまで含めて途切れのないケアが必要であり、そのためには地域全体で認知症に対して取り組んでいく必要があります。

そのような中で2024年1月1日に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されました。今後は都道府県・市町村を中心に認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるように、バリアフリー化や社会活動の確保、予防活動などがさらに増えていくことでしょう。いずれも転倒と関わってくるので、情報を集めつつ、関連機関と連携していきたいですね。

まとめ

この記事では認知症の概要を説明しつつ、認知症と転倒の関係について述べました。認知症は有病率の高さから社会的な課題になっており、また、診断された本人や家族の人生にも大きな影響を与えます。認知症を改善させるのは困難ですが、そこから二次的に起こる転倒や骨折の予防は本人の生活と家族の負担軽減に重要です。画一的な対応ではなく、その人・家族に応じたサポートを行うとよいでしょう。

<参考文献>
[1]認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究
[2]認知症疾患診療ガイドライン2017
[3]Petersen RC. J Intern Med. 2004 Sep;256(3):183-94.
[4]Roberts R, et al. Clin Geriatr Med. 2013 Nov;29(4):753-72.
[5]Kelaiditi E, et al. J Nutr Health Aging. 2013 Sep;17(9):726-34.
[6]Tsutsumimoto K, et al.J Nutr Health Aging. 2020;24(5):494-499.
[7]大沢 愛子ら.日本老年医学会雑誌2020;57:40-44
[8]Allan LM,et al. PLoS One. 2009;4(5):e5521.
[9]Delbaere K, et al. Am J Geriatr Psychiatry. 2012 Oct;20(10):845-53.
[10]Fernando E, et al. Physiother Can. 2017;69(2):161-170.
[11]Jayakody O, et al. Age Ageing. 2022 Mar 1;51(3):afac058
[12]Lundin-Olsson L, et al. Lancet. 1997 Mar 1;349(9052):617.
[13]大釜典子.認知症高齢者における歩容特徴と転倒リスクに関する研究(30-42)
[14]Maust DT, et al. JAMA. 2021 Mar 9;325(10):952-961.
[15]Wang HK, et al. BMC Neurol. 2014 Sep 12;14:175.
[16]Su L, et al. Front Neurol. 2023 Jul 20;14:1185721.
[17]Frame G,et al. Connect Tissue Res. 2020 Jan;61(1):4-18.
[18]Xiao T, et al.Neurology. 2023 May 16;100(20):e2125-e2133.
[19]鈴木みずえ.日本転倒予防学会誌 Vol.2 No.3:3-9

この記事を監修しました

三田 大介

三田 大介 / 医師・理学療法士

理学療法士として勤務した後、一念発起して医学部を再受験。現在はリハビリテーション科医師として病院勤務。本コラムでは、一つのトピックをより深く、医師の視点を交えながら執筆します。

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