2024年9月15日に総務省統計局から発表された日本の高齢化率は29.3%で過去最高を更新しました。超高齢社会を突き進む日本の課題としていつも取り上げられるのが社会保障費の増加、特に高齢者にかかる医療・介護の費用の増加です。
弊社のコラムでも度々取り上げてきましたが、令和元年の「国民生活基礎調査」によると要介護になる原因の第3位が「転倒・骨折」であり、女性に限れば第2位となります。転倒による骨折の中で要介護リスクに最も直結するのが大腿骨近位部骨折、いわゆる股関節の骨折です。
出典:厚生労働省「国民生活基礎調査」(令和元年)
この骨折を受傷した5人に1人は寝たきりとなるという報告もあります。今回はもし大腿骨近位部骨折を受傷してしまったら、どんなリハビリが待っているのか、をご紹介したいと思います。
受傷・手術直後の急性期から、退院後の生活期までそれぞれの時期に分けてご紹介していくので、現在ご自身やご家族がこの骨折でリハビリに励んでいる方がいらっしゃれば、参考にしていてだければ幸いです。
急性期(受傷〜術後2週間)
大腿骨近位部骨折は骨折した部位により名称が変わります。その中でも特に多いのが、“大腿骨頸部骨折”と“大腿骨転子部骨折”です。似通った場所の骨折ですが、選択される手術が大きく異なります。そして手術が異なれば、その後の経過や注意すべき点が異なるのです。
筆者作成
大腿骨頸部骨折
こちらは大腿骨頭という股関節を形成する部分の骨折であり、ここを骨折すると血流が途絶えてしまうため、大腿骨頭を入れ替えてしまう“人工骨頭置換術”という手術が一般的に行われます。この手術の利点は痛みを感じる“骨膜”がなくなっているので、術後の痛みが比較的少ないのが特徴です。
人工骨頭置換術(日本骨折治療学会HPより)
一方で、股関節の一部を入れ替えているので脱臼が起こりやすいのが最大の難点です。脱臼が起こるのは、手術をする時に切開する場所によって異なりますが、一般的に多いのは、股関節を「深い屈曲・内転・内旋」に動かした時で、日常生活でイメージしやすいのは、足を深く抱え込む動作や体育座り(深い屈曲)、そして横座り(内旋)です。
体育座り 横座り
一度脱臼してしまうと再手術が必要になる上に、その後も脱臼の“ルート”ができてしまうので再脱臼のリスクも高まります。そのため、私たち理学療法士が人工骨頭置換術後の患者さんのリハビリをする上で、最も注意を払うのが脱臼なのです。脱臼を予防するために、リハビリやトイレ以外の時間は枕やクッションを利用して手術した足が脱臼しやすい内股にならないようにします。特に術後1〜2週間は、切開した痛みが薄れて徐々に足を動かせるようになる時期と、術後で組織の修復が不安定な時期が重なるので注意が必要です。
大腿骨転子部骨折
大腿骨頭より下で骨折した場合、プレートや髄内定と呼ばれる金属で固定される手術が行われます。大腿骨頸部骨折と違い骨頭の入れ替えは行わずに済むので脱臼の心配はありません。
一方で、痛みを感じる骨膜が損傷されるので、人工骨頭置換術より術後の痛みを感じる方が多いです。また、重度な骨折の場合は金属による固定では不十分な場合は、手術後に足に体重をかけてはいけない期間「免荷期間」が設けられることがあります。
観血的骨接合術(日本骨折治療学会HPより)
私の経験でも、大腿骨転子部骨折の術後の患者さんの方が、大腿骨頸部骨折の人工骨頭置換術後の患者さんより痛みが強く、リハビリで足を動かす時に慎重になっていました。
痛みが強い場合は、アイシングしながら手術した股関節を動かすと良いでしょう。アイシングは痛みの閾値を上げ、痛みを感じにくくします。アイシングで痛みを感じにくくする→痛みを感じにくいから動かすことができる→血液循環が良くなる→炎症の軽減しさらに痛みが感じにくくなる、という好循環を狙いたいところです。
回復期(およそ術後3週から3ヶ月)
術後2週間を過ぎると、大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折とも、抜糸が済みます。この時期以降は、手術による「切った痛み」がかなり軽減するので、歩行練習や実践的な動作練習が可能になります。
また、回復期リハビリテーション病棟という、リハビリ専門の病棟や病院に移り、1日3時間ほどリハビリに時間を費やすことができるようになります。
この時期になると、先述した歩行練習や動作練習も重要ですが、集中的にリハビリができる環境を活かしてしっかりと筋力や体力、バランス能力の回復にも注力する必要があります。
なぜなら、退院すると毎日の専門的なリハビリはほとんど困難である上に、家の中や道路は病院の中のように整備された環境ではないからです。
生活期(退院後)
大腿骨近位部骨折の患者さんは回復期リハビリテーション病棟を経由して退院することが多く、退院後も継続してリハビリが必要な場合は外来通院、または介護保険を利用した訪問リハビリや通所施設(デイサービスなど)となります。
いずれにしても回復期リハビリテーション病棟に入院していたころと比較してリハビリに費やす時間は激減するので、身体機能を回復するには回復期での取り組みが非常に重要になります。
生活期の課題は、骨折により外出などこれまで当たり前にできていたことに不安が生じ、せっかく退院できたのに家に閉じこもる患者さんがいることです。
筋力低下から歩行が不安定となった場合は、杖の利用や筋力トレーニングで補えるのですが、不安や自信喪失などの心理的な問題はそれだけで解決できないこともあります。
そのような患者さんの場合は、歩行速度などの数値がリハビリでどれだけ良くなったかを具体的に示し、「これだけ良くなったから大丈夫ですよ」とプラスとなる声かけを行なってあげることが重要です。
まとめ
・大腿骨近位部骨折は要介護になるリスクの高いケガである。
・大腿骨頸部骨折の主な手術である人工骨頭置換術は脱臼のリスクがある。
・大腿骨転子部骨折の手術後は痛みが強い患者さんが多い。
・回復期では、最もリハビリに時間を費やせるので、筋力、バランス、動作能力の向上を目指す。
・退院後は専門的なリハビリを受ける時間と頻度が激減する。
・骨折を機に閉じこもりになる患者さんがいれば、自信がつくフィードバックや声かけが必要となる。